鬼滅の刃考察④ 鬼の起源と鬼舞辻無惨の戦略について

鬼滅の刃に出てくる「鬼舞辻無惨」には、「血を与えることで人間を鬼にする特殊能力」があります。

最初に鬼になった人間とも言われています。

そんな謎多き鬼舞辻無惨について、気になったことを考察してみました。

 

どうして鬼舞辻無惨は鬼殺隊メンバーを鬼にしないのか?

何度も繰り返しになりますが、鬼舞辻無惨は

 

「血を与えた人間を、鬼にする能力」

 

を持っています。

これってかなりチートだと思っていて、鬼を退治する鬼殺隊のメンバーは人間であり、作中で何度も「鬼とは違い、人間だから」というデメリットが描写されます。傷がなおらない。訓練しないと筋力が弱い、など。

 

そこで思うのですが、

鬼殺隊メンバーを鬼にするのが、鬼舞辻無惨の陣営を強化するのに手っ取り早いと思いませんか?

 

もし僕が鬼舞辻無惨の立場ならそうします。

人間は鬼化に逆らえない。

鬼になった人間を戻す方法は不明。

なら、自分に襲い掛かってきた戦士を鬼にしてしまうことが手っ取り早く、攻守備えた戦略だと思います。

十二鬼月とか言ってないで「元鬼殺隊メンバー」で精鋭そろえたほうがいいんじゃないですかね。鬼舞辻無惨が臆病だから前線に出ないのかもしれませんが。ただし炭治郎とは出会っているので、その時炭治郎を鬼化するのにワンチャンありましたね。

 

これらのことから僕が思ったのは次のことです。

  • 鬼舞辻無惨の目的は人間の惨殺とか、世界征服ではない
  • 鬼化に耐性がある、あるいは克服した人間がいるのでは?

 

すいません、2019/10/20追記します。

上限の壱である鬼が、元鬼殺隊のようですね。

あと鬼舞辻無惨の目的は「青い彼岸花を手に入れ、日の光を克服すること」だそうです。

つまり、あまり好戦的な性格じゃないってことですね。

それはまあ理解できるとして、「人間を鬼にしてもいいけど、みんなで手を取り合って青い彼岸花を探せばいいんじゃないの?」と思いました。しかし、おそらくそうできない、鬼舞辻無惨と鬼殺隊の間に確執があるのでしょうね。

 

「鬼化」は耐えることができるのではないか

弱い人を鬼にして強くするより、元から強いやつを鬼にしたほうが手っ取り早いのでは?

アニメしか見てないのでなんともですが、元小説家とか病弱な子供とかを鬼にして炭治郎を襲わせてましたが、もっと鬼化したらふさわしい人間がいたのではないでしょうか。大量殺人犯とかサイコパスとかマッドサイエンティストとか。

 

調べたところ十二鬼月のうち、上弦の参 猗窩座(あかざ)だけは元武術家らしいですが。目的が「戦うこと、強くなること」なので自ら鬼になった可能性がありますね。

 

これらのことから考えられるのは、

  • 肉体的な強さと、鬼になったときの強さは相関しない
  • 鬼になったときの強さはネガティブな感情に影響される(たぶん)
  • 「人間を鬼化する技術」は完全じゃない

ということです。

 

つまり鬼舞辻無惨もいろんな人を鬼にしていくうちに、「こういう人間を鬼にしたほうが強くなりやすい」みたいな蓄積があるわけです。肉体的に頑健であることが、鬼として優秀なわけじゃないんですね。

 

また、鬼は人を食べることで強くなるそうです。「どのくらい人を食べることができるのか?」は、鬼の執念に依存するのでは? と思います。

アニメでは、炭治郎が鬼の首を切った後、鬼が消えるまでに鬼の回想シーンが入ります。そこでは必ず後悔とか、悲しさとか、むくわれなさが描写されます。

 

ありきたりかもしれませんが、鬼になる(あるいは強い鬼になる)ためには

 

「自分を認められたい」とか「愛情が欲しい」という欲求が必要なのかもしれません。

 

そして、「人間を鬼化する技術は完全ではない」のでしょう。

おそらく一般の人であれば問題なく鬼にできるのですが、それだと弱い。

呼吸の使い手(鬼殺隊メンバー)を鬼にすることはできない。

 

理由は、ネガティブな感情がない(承認欲求みたいなもの?)こと、呼吸の訓練が鬼化に対する耐性になっている可能性などが考えられます。

実際として、珠代やねずこは鬼化から逃れています。(奇跡と表現されていますが)

 

呼吸の使い手や武術家が鬼になるためにはおそらく、鬼になることを自ら望むかしないとダメなのでしょうね。

 

鬼殺隊と鬼(鬼舞辻無惨)がすごく近しい関係にみえる

 

舞辻 無惨 お前は必ず私たちが私たちの代で倒す 我が一族唯一の汚点であるお前は…!!

(94話の産屋敷の発言より。 ©吾峠呼世晴)

また鬼舞辻 無惨は「善良な医者の手によって治療されている最中に、鬼になってしまった」という過去が明かされました。

 

僕はこういうストーリーを考えました。

鬼舞辻 無惨を含めた、1000年前の産屋敷家の人間たちは、「善いこと」をする仕事についていた。妄想だが、「鬼狩り」に近い仕事をしていたのではないか?

理由①:産屋敷家の現当主の「鬼舞辻 無惨が唯一の汚点である」という発言から。

理由②:平安時代に医療を受けられる人間は、立場の高い人間である(鬼狩り? や人に役に立つ仕事をしていたため、人から敬意を集め、立場が高かった)

鬼舞辻 無惨が鬼になった平安時代は、①遣唐使が廃止され大陸から医療がもたらされなくなり、②日本独自の医療が発展しました(このサイトを参考にしました)。

しかし、この「日本独自の医療は」このような説明がされています。

しかしこのような一流の医学は都に在住するごく限られた身分の高い人にしか施されませんでした。庶民のほとんどは古代からの民間医療や、僧らによる加持祈祷に頼ったものだったのです。

これらのことから、「産屋敷家は身分の高い一族だった」ことが言えそうです。

 

次に、

「日の呼吸の使い手」と鬼舞辻 無惨が近い存在である

と思っています。

理由は、

  • 「絶対にお前を 許さない」と日の呼吸の使い手が鬼舞辻無惨を追い詰めたシーン
  • 上限の壱に、「月の呼吸の使い手」がいること。

この2つから、こういうストーリー考えました。

 

鬼舞辻 無惨が鬼になる

→ 本能に従い人を殺す or 人を食べる

→ 殺された人の中に、日の呼吸の使い手の関係者がいる

→ 鬼舞辻 無惨が追い詰められる

 

そして「日の呼吸」は継国縁壱が扱い、その後誰も使うことができなかった。

「日の呼吸」に対する、「月の呼吸」の使い手は鬼舞辻 無惨の上限の壱の部下になっている。

このことから、「上限の壱」は鬼舞辻 無惨が早い段階で部下にした可能性があります。そして、当時情報のネットワークがない時代に、鬼舞辻 無惨に出会うことができるぐらい近い場所にいた。

現に炭治郎の時代では、炭治郎以外に鬼舞辻 無惨と出会ったことがある鬼殺隊メンバーはいませんでした。出会うこと自体が難しいとされています

 

これらのことから、鬼舞辻 無惨と継国縁壱や産屋敷家は、仕事仲間や血縁関係なのではないかと考えています。

 

ねずこはどうして鬼化を耐えることができたのか?

さて、どうしてねずこは鬼にならずに(耐えることができた)のでしょうか。

 

結論として、

  • ねずこへの愛が鬼化をとどまらせている
  • ねずこも炭治郎と同様に日の呼吸(あるいは月の呼吸)の使い手なのでは?

 

 

作中を通したテーマとして、「渇望感や絶望」が「鬼化」につながっているように思います。「家族」や「炭治郎」の愛情がねずこを守っているのではないでしょうか。ねずこが炭治郎を助けるシーンなどでは必ずねずこの母親や兄弟などの回想が入ります。

愛があると、鬼化を阻むのではないでしょうか。

 

また、ねずこも炭治郎と同様、ねずこもなんらかの呼吸法を習得しているのではないでしょうか。

炭治郎が神楽の動きを見て日の呼吸を体得していたように…。

 

ここまで書いたのですが、特になんのつながりもなく自力で鬼化をとどめて理性を取り戻した珠世は化け物ですね…。

 

まとめ

今回は、ほとんどが推論となります。僕の妄想を書きました。どのくらい当たっているでしょうか?

楽しみです。

また鬼滅の刃のテーマは「愛」だと思ってます。読み込むほどに味が出て、テーマ性を感じられる作品となっていますので、これからも応援していきます。

 

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